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Author:takabit
ご縁があって、いきなり「ワンダラー」の仲間入り。
マジ?

そうかも?

きっとそう! 

とにかく走りながら考えることにした。
寅年生まれの牡牛座、B型。
夫と子ども3人、猫2匹も同居。



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父とはじめての旅行
9年前に母が他界、同居していた伯母が4年前に脳梗塞で倒れてからは、父がずっとひとりで介護をしていた。伯母の痴呆がすすみ、昨年グループホームに移ってからは、比較的のんびりとひとり暮らしをしている。

知人も多い住み慣れた土地を離れる気にはならないようで、まだ大丈夫といっているが、あれこれ心配ではある。

時々、帰省して家の片付けなどをしているのだが、父もだんだん家事がうまくなり、家もかなり片付いてあまりやることもない。たまには、日帰り旅行でもという話になる。

急遽南阿蘇方面に出かけることに。

さて、振り返って考えてみると、私とふたりだけで旅行にでかけるのは、はじめての事だ。
私の家族プラス父、私の夫プラス父という組み合わせは何度もあるのに・・・。

道中、昔話に花が咲く。


しっかりもので家を支えてきた叔母と仕事を楯に家事はいっさいしなかった母。生みの母と育ての母(伯母)との間が、ぎくしゃくしているのに気づいたのは私が小学校低学年だった。縁側で豆の皮むきの手伝いをしてたとき、突然、伯母が母の悪口を言い出したのだった。
その時のことはよく覚えている。(それまでは、なんの疑問もなく、伯母と母は私の中で同居していた。)

伯母のいうことはもっともで、家事をせず、子育ても伯母にまかせきり、ポリシーのない母をだんだん信頼できなくなっていった。

それから家族に対しては、あまり期待もせず、自分は自分というスタンスの子ども時代を送った。はめをはずすことこそなかったが、なにかを相談するということもなかったように思う。

父も年の離れた気の強い伯母には反発できず、かといって母のマイペースも困ったもので、板挟みになっていたところもあっただろう。

父方の親戚筋からもなにかと頼られ人が出入りしていたので、母としてはおもしろくなかったと思う。買い物が大好きだったのは一種のストレス発散だったんだろうなあ。遺品の片付けには何年も要した。

私が心底母を認めることができたのは、他界してからだった。(遅いって〜)
ガンとわかってから、もう少し積極的に関わっておけばよかった、ゆっくり話を聞いてあげればよかったとかいろいろ悔やまれる。

姑、小姑もいる大家族、さらに親戚まで出入りする。

鈍くならなければ、身がもたなかったのかもしれない。

さらに、今回父との旅行で、衝撃の告白。
「好きな人との結婚を反対され、うちの条件でもいいといってくれる人ならだれでもよかった」って。そ、そうだったの?

見合いもそこそこに結婚が決まったそうだが、おかあさん、よく、嫁に来たよなあ。
何を考えて嫁いできたのか、生きていたら聞いてみたいよ。
子ども3人は、伯母が育ててくれたが、母親として、そこのところはどう思っていたんだろう。


私は、結婚し家庭をもったとき、ふつうのお母さんになり、ふつうの家庭にしたいという想いを強く描いていた。
(バツイチ夫と20歳年が離れていてすでに一般的ではないが・・・笑)

手はあまりかけないけれど目はかけるという育児方針で、がんばってきたつもりだったのに、すんなりとはいかなかった。

ここ2年くらい子どもの問題で悩み、今やっとそのトンネルを抜けつつあるのは、自分の子ども時代を総括できたから、母を認めることができるようになったからというのもあるかもしれない。

父も何不自由なく生きてきたが、母が他界し、伯母の介護をひとりで引き受け、大変だったようだ。伯母の痴呆がすすみ、下の世話のみならず、たえず発せられる被害妄想的な発言に傷つき、自分が否定されるという日々。

父もこの2年は私とシンクロするように大変だったのだ。
なんか、一緒に苦労してきた同士みたいだね。

そんなこんなの思い出話をしながらのドライブはなかなか楽しかった。

また、一緒に行こう。お父さん。







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風がささやく
週末は、森のカフェに出かけるという名目ができたため、
自然に触れるチャンスに恵まれています。

今は山ツツジ、シャクナゲが見頃です。
yamazakura.jpg


syakunage2.jpg


syakunage.jpg


豆をひき、丁寧にドリップして入れたコーヒーを、
外のベンチで風を感じながらゆったりといただく。

あまりの美味しさに感動し、じわじわと感謝の気持ちがあふれてくる。
(自分で入れたんですけど ( ̄▽ ̄;))


今は考えなくてもいいから、ゆっくり感じなさいと風がささやく。
光は、確実に降り注いでいる。


光の息吹 エナジーアラート4/3より
今、私達は必要なものを全部もっています。私達は生きていて、毎日、真新しい一日をつくりだす新しい機会を授かっています。一瞬一瞬のこのシンプルさにもっと感謝するべきなのです。その他のどこにもいかなくても、なにも知らなくてもいいのです。本当に、ただそれだけなのです!


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森のカフェ
桜満開の県立公園内にカフェがオープンしました。

cafe2.jpg


sakura.jpg



このカフェは私も参加しているNPO法人が県の委託を受けて、運営することになったもの。
子育てに関して、自分たちが本当に必要な情報がないのに発奮し、有志で情報誌を作りはじめたのはもう13年前。さらに地域に根ざした口コミ情報を集めた本も1999年に出版しました。

その中の1ページ「あったらいいなこんなお店」
カフェ


記事を抜粋。
自然に囲まれた森の中のログハウス。
広い公園の中にあるので、子どもたちを遊ばせながら、お母さんたちはゆっくりお茶を楽しむことができる。
店内、トイレはもちろんバリアフリーでベビーベッドも完備。
素材にこだわったヘルシー日替わりランチ。
ひとつひとつ丁寧に入れる自家焙煎の珈琲。

子どもづれもカップルもひとりでも、イヌもネコも
誰もが気持ちよく使える空間に。
ホンの少し、他の人の気持ちを思いやる心があれば、
簡単なことだと私たちは考えます。



私たちは予言していた。(笑)

自分に言い訳していませんか? 自分でハードルを高くしていませんか?

「やろう」と思ってイメージする、行動すると未来は引き寄せられてくるものですね。

この話が急に決まって、オープンまで1ヶ月もなく、いつもながらすったもんだで乗り切りました。相変わらずお金に苦労している貧乏NPOだけど、なんというすばらしき仲間達。

まだまだ始まったばかりだけど、落ち着ける素敵なスペースになっていくでしょう。

もっぱら週末ヘルパーとして忙しくなりそうだ。


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ダライ・ラマ来日
<ダライ・ラマ>日本に立ち寄る チベット人らが出迎え
4月10日11時15分配信 毎日新聞


乗り継ぎのため成田国際空港に到着し、報道陣に向かって手を合わせるダライ・ラマ14世=千葉県成田市で2008年4月10日午前6時43分、兵藤公治撮影
 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が10日、亡命政府があるインドから米国への訪問途中に、日本に立ち寄った。午後には成田空港近くのホテルで記者会見し、同日夕、米シアトルへ向け出発する。

 3月のチベットでの暴動発生後、ダライ・ラマが外国を訪れるのは初めて。中国政府のチベット問題への対応への反発から、五輪聖火リレーへの抗議行動が世界各地に広がるなか、発言が注目される。

 ダライ・ラマは午前6時40分ごろ、ニューデリー発の日航機で成田空港に到着。えんじ色の法衣に身を包み、待ち構えた報道陣にほほ笑みを浮かべて手を合わせ、用意された車でホテルに向かった。

 ホテルでは報道陣に笑顔で「午後にまた会いましょう」と語り、出迎えた日本で暮らす約30人のチベット人には、チベット語で「こんにちは」とあいさつ。チベット人女性(50)は「ダライ・ラマ法王は私たちのすべて。中国政府とダライ・ラマの会談が実現し、1日も早く平和的に解決してほしい」と訴えた。

 また、ホテルには日本人約20人が集まり、チベットの旗を掲げるなどして中国政府に抗議の声を上げた。同日午前には、安倍晋三前首相の夫人昭恵さんが面会のためホテルに入った。

 ダライ・ラマは米国に2〜3週間滞在し、講演や対話活動を行う予定。中国政府はダライ・ラマの海外での活動に神経をとがらせ、日本政府にも国内での政治活動を認めないよう求めている。【佐藤賢二郎、林哲平】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ダライ・ラマは、過去何度も日本に来日していたらしのですが、中国の反応を恐れて?、ほとんど報道されませんでした。

今回は、さすがに今世界中が注目している人を無視することはできなかったようです。
それでも、日本は相変わらずこの件については、ノーコメントですねえ。

中国政府の怒りあらわにした声明と、ダライ・ラマの冷静なメッセージ、どちらがおかしいかはごく普通の感覚でみてたらわかると思うのです。

また、キネシオロジーによる検証によるとその差はさらに明らかに。
ダライ・ラマ14世 V.S 中国政府 (by bigpapaさん)

非暴力を説くダライ・ラマのメッセージ
ダライ・ラマ法王の声明 〜チベット人のみなさんに向けて〜

チベットでの人権の尊重とダライ・ラマとの対話を中国政府に求める緊急請願書の署名サイト。
チベットと共に立ち上がろう! − ダライ・ラマを支援しよう




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朝ドラとシンクロする
最近のNHKの朝ドラから、いろいろなヒントをもらっています

前回の「ちりとてちん」は、主人公の成長物語にかなり自分を重ねることも多かったです。

「お母さんのようにはなりたくないの」と、ふるさと小浜を飛び出す主人公。
落語家の修行、たくさんの人との出会いを通して、最後は母のように、人に光をあてる人生を選ぶことになる。(かなり省略してしまいましたが(^^;;)

私自身も、実家(両親)にはずっと違和感があり、あえて遠くの大学を選び家を出てからは、めったに帰省もしませんでした。
そんな好き勝手やっていたのに、社会人になって壁にぶつかり鬱になりかけたときは、「いつでも帰ってこい」といって受け止めてもらったなあ。
そんな、昔を追体験しつつ、朝から一泣きして出勤していました。(笑)

思えば、過去のあやまちを振り返り、そして手放し、浄化するための「シンクロ」だったのかもしれません。

そして、4月からは、新しく「瞳」がはじまりました。

今回はまた、ちょっと違った意味で、心にズキズキくるのです。
東京都の里親制度、「養育家庭制度」がテーマになっていて、そこに登場する子どもを見るだけで、毎朝一泣きです。そこ、まだ泣くほどの所じゃないだろうと思うのに、見るだけで泣けてくるのです。

養育家庭制度とは....
親の離婚や病気、失そう、虐待などさまざまな事情で、親と一緒に暮らせない子どもたちがいます。そして、そのほとんどが、乳児院や児童養護施設で生活しています。こうした子どもを、児童福祉法に基づいて、一般の家庭に迎え、温かい雰囲気の中で家族とともに生活してもらうのが里親制度です。

DNAで繋がっている親子でなくとも、魂でつながっている家族と出会えたらすばらしいなあ。月島という下町を舞台に、どんなドラマが繰り広げられるのか楽しみです。


タテタカコさんの「宝石」
この歌は、映画「誰もしらない」の挿入歌です。



世界中の傷ついた子どもたちが癒されますように。

毎日、朝ドラみたあと、祈りたいと思います。


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